道路族に対する気持ちの保ち方

は道路族に物を壊されトラブルになってから道路族が自分とは価値観の違う人間なんだとはっきり分かり、「近所だから仲良くしなきゃ」という気持ちがすっかり冷めてしまった私。

一時期は非常識な人が近所、しかも隣(道路族ボスママ、ボス旦那)とその隣(子分ママ)に住んでいるという事がどうしても受け入れられませんでした。

子分ママの徹底的な無視、ボスママの言い訳道路族ボス旦那の人の物壊して知らんぷり&逆ギレ睨みつけなどの理不尽な言動が許せなくて毎日イライラしていました。

でも気が付けばあのトラブルからもう1年が経ちました。

今ではそんな人たちが隣に住んでいるという現実を少しずつ受け入れられるようになってきました。

受け入れる、というのは道路族たちを受け入れるという訳ではなく、

「こういう人達が隣に住んでいるというのはもうしょうがない事なんだ」

という諦めの気持ちのような感じです。

「この人たちの性格が変わる事はないんだから、自分の気の持ちようを変えるしかないんだ」

と少しずつ思えるようになってからは、道路遊びと井戸端会議の時間潰しをするのもそんなに苦ではなくなってきました。

入居1~2年目の頃は

「なんで私が道路遊びと井戸端会議する人たちのために仕事帰りに時間潰しして帰らないといけないの?!」

と毎日のようにイライラしたり泣いたりしていました。

でも、泣いたりイライラしたからって相手が変わってくれる訳ではないし、結局は自分が損するだけなんですよね。

今までは道路族という存在に対して自分で自分の気持ちを上手く処理する事が全然出来ていませんでした。

でも、この家に入居して色々悩んで苦しんでイライラして、そういう経験を経た4年目の今は自分の気持ちに上手く折り合いをつける事が少しは出来るようになったのかな、と思っています。

自分が幸せじゃないと他人を攻撃しがちになる

ただこういう気持ちを保ち続けるのって簡単じゃないんですよね。

しかも散々迷惑かけられた相手の存在を諦めて受け入れるって本当に難しい。

物ごとを素直に受け入れる、他人に寛容になるっていうのは自分の気持ちが常に安定して幸せじゃないと出来ない事だと思います。

でも人間、常に安定した状態を保つなんてほぼ不可能。

今日はちょっと体調が悪かったせいかお昼頃から軽くイライラが続いていました。

そんな時、家にいると道路族の理不尽な言動を思い出してしまう。

バーッと一気に記憶がよみがえってきて当時の気持ちに引き戻されてしまいがちです。

最近はすっかり前向きになれていたと思い込んでいたのに、久しぶりに引き戻されてしまいました。

そう考えると、子分ママの理不尽な態度や道路族ボス旦那の理解不能な言動も自分が満たされていなかったり現状に不満があったりするのかなぁと思ったりします。(それか単なるバカかは分からないけれど)

仕事の事なのか、夫の事なのか、姑の事なのか、幼稚園のママ友の事なのか、何なのかは知らないしどうでもいいけれど、人間誰しも自分に余裕がないと、それを態度に出す出さないはともかく他人を攻撃しがちになるんだと思います。

まあ自分の中に不満があっても普通は心の中でイライラするだけで我慢すると思いますが、それが出来ない人は周りに当たったり攻撃的になったり誰かをイジメたりする事に走ってしまうんだと思います。

昨日の「態度がコロコロ変わるママ友」の記事でも書きましたが、他人に対する態度がコロコロ変わったり人によって態度を変える人というのは周りを不快な気持ちにさせてしまいます。

そういう不快な態度を平気でとれる人が私には理解できません。

道路族ボス旦那のように、人んちの物を壊して

「そうなんですか?分かりませんでした~」

とシラを切ったり、自分の息子が「オレ見たよ!」と言っているのに

「お前余計な事言うな!!」

と子供の言葉を無理矢理ねじ伏せたりするような親にはなりたくない。

ボスママのように、最後まで「すみません」の一言が言えずに言い訳ばかり並べ立ててくるような親にはなりたくない。

子分ママのように、自分の損得勘定で簡単に態度を変えたり挨拶を無視し続けるような親にはなりたくない。

こういう人たちを反面教師にして自分はもっと頑張らなきゃ、と思っています。

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