娘ももうすぐ5歳に。娘にとっての我が家

この家に引っ越してきてからなんだかんだであっという間に3年が経ちました。

娘は今日が保育園年少組最後の日。

いつも通りカバンを背負い、自分で靴を履いて登園していきました。

思えばつい2年前には自分で靴を履くのもなかなかうまく出来ずに保育園へ抱っこして連れて行っていた記憶があります。

一時期は保育園に行くと涙を流すこともありました。

それなのに4歳になった今は自分で靴を履き、元気に保育園へ通っています。

人見知りは相変わらずだけど、それでも保育園の行事や外遊びが大好きで、特に行事がある日はパッと布団から起きて

「ねえお母さん!今日は〇〇がある日だよ!早く行かないと終わっちゃう!」と張り切って保育園へ行きます。

そんな娘を見ているとたくましくなったなぁとしみじみ思います。

娘がこの家に来たのはまだ2歳になったばかりの頃でした。

当時は私が道路遊びに悩み苦しみ泣いて過ごす毎日だったので、娘には悲しい思いをたくさんさせてしまったと思います。

「道路遊びがなければ娘と一緒に家で楽しい時間をもっともっとたくさん過ごせていただろうに」

過去を後悔してもしょうがないけれど、よくそう思います。

娘が3歳の頃、NHKのおかあさんといっしょで「いえイェイ!」という歌があり、娘がよくノリノリで歌っていましたが、その歌詞の最後で

「みんなが一番イェイ!ってなる場所でありたい」

というフレーズがあるんですが、この歌詞を聞く度に涙が出そうでした。

私は道路族(道路遊び)に心を支配されて自分の家を全然楽しめていないんだ、と思い知らされていました。

私にとってはこの家は道路族に悩んで泣いた苦い記憶が満載ですが、娘にとっての我が家はいつの間にか特別な存在になっており、4歳になった頃から

「早く〇〇ちゃん(娘)のおうちに帰りたい」

とよく言うようになりました。

外出している時やおばあちゃん(私の母)の家にいる時に言う事もありましたが、保育園の帰りに道路遊びが終わるまでの時間潰しのために買い物に行ったりしている時に言われるとなんだか切なくなりました。

「娘が家に帰りたいと言っているのにすぐに連れて帰ってやれない我が家ってなんなんだろう・・・」

と虚しい気持ちになる事もありました。

近所に友達がいなくても、娘にとってはお父さんお母さんがいたり自分の遊び道具がたくさんある我が家はかけがえのない場所になっています。

もうすぐ娘は5歳になります。

娘がこの家をもっともっと好きになるように、今年は私も少しずつ気持ちを変えていかないといけないなと思っています。

明日から保育園は年度末休みなので、娘の好きな公園に何か所か一緒に行こうと思います。


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